以前勤めていた大手SIerには面白い上司がいた。
「面白い」というのはもちろん皮肉で、言葉を悪くすれば「どうしようもないクソ上司がいた」と言い換えられる。
彼は異動した先の部署のプロジェクトマネージャーだったのだが、異動初日の打ち合わせの一言目で言われたのは
「今日からは家に帰れないと思え。仕事はいつだって全力疾走だ」
だった。
耳を疑った。
「仕事を全力でやる」のはわかる。雇用されている以上当たり前のことだ。
しかし「全力で仕事をすること」と「家に帰らない」が論理的につながらなかったからだ。
仕事とは家に帰らないことではなく、期待される成果を出すことではないのか?
初回の打ち合わせでは、異動してきた私に期待する役割だったり、業務の内容には一切触れなかった。
90分の打ち合わせは精神論と彼の武勇伝が全てだった。ちなみに打ち合わせに彼は10分遅刻してきた。
SIerでの打ち合わせは始まる時間も終わる時間も後ろに延びるのが当たり前だった。
彼の武勇伝は
「朝6時から会議をしていた」
「毎日タクシー帰りだった」
「10キロ痩せた」
という話ばかりだった。
彼にとって「仕事に全力を尽くす」とは「とにかく時間を投入すること」なのだと理解した。
私が嫌いな思考停止型脳筋上司なのだと(以下、「脳筋」と呼ぶ)
移動先での仕事は詳しくは書けないが、COBOLで書かれた膨大なスパゲティプログラムをCOBOLで書き換えるようなプロジェクトであった。
いま振り返っても何の意味があるのかわからないが、ものすごい予算と人員が割かれていた。
直属の上司となる脳筋からは「プロジェクト計画書」という100ページ超のPowerPoint(紙)を渡されたきり、具体的な指示はなかった。
「無いわけないだろ」と思われるかもしれないが、数年経ったいま冷静に振り返っても、何の指示もなかったのだ。
「体制図」と書かれた紙の一部に私の名前があったのだが、その「体制」の中で何をやるのかの説明は一切なかった。
その他にも、以下のような説明は一切行われなかった。
- 担当するシステムを理解するための資料の在り処
- 担当するシステム(アプリケーション)の使い方
- 担当するシステムのサーバーのIPアドレス、ユーザー名、パスワード等
- 開発を開始するにあたっての初期資料
- 所属するチームでは様々な申請をそれぞれの担当者に行う必要があったのだが、誰に何を申請するかの説明
ソースコードがどこにあるのかさえもわからなかった。「プロジェクト計画書」から全てを推測し、検索もできないファイルサーバーの中から役割に該当する説明を探す作業はどう考えても不毛に思えた。
脳筋は「見て学べ」「自分で調べろ」と言いたかったのかもしれない。
しかしながら、ファイルサーバーをゼロから漁り、何がどこにあるのかもわからない中、膨大なExcelを全部開いて情報を集めるのは骨が折れた。
せめて Confluence にあれば、検索できたかもしれない。
しかしSIerでは Confluence は「議事録」にしか使われず、資料はもっぱら Excel であった。
脳筋は体育会系の人なので、「ファイルサーバにある資料は全部読め!」と言いたいのだろうが、体系立てて整理されていない資料を探す作業は辛かった。
システムのソースコードは会社独自の謎のバージョン管理システムで管理されていた。
Gitではない。Subversionですらない。
会社独自の謎の管理システムで、その管理システムのIPアドレスすら誰も教えてくれず、ソースコードをダウンロードする方法も全くわからなかった。
どこを調べても「独自のシステムからソースコードをダウンロードする方法」は書いていなかった。チェックアウトできないし、そもそも謎のバージョン管理システムに接続する方法すらわからないのだ。
謎のバージョン管理システムは、どうやらチームの中で引き継がれていくものらしい。
そのため誰かから聞かなければならなかったが、プロパーの社員はソースコードに興味がなく、そもそも仕組みもわかっていなかったため、パートナー企業の方に聞くしかなかった。
wikiがあればいいのだが、wikiのようなものを書く場所がなかった。作ることもできなかった。
とにかく情報が分散されていて、それでいて紙の資料で残っているわけでもなく、
「知っている人を探して聞いて回る作業」
にものすごく時間が取られた。
信じられないかもしれないが、「この情報を知りたい」となったときにまずやらなければならないのは、「誰が情報を持っているかをチャットで聞いて回ること」なのだ。
SIerの古いプロジェクトだとあるあるなのかもしれない。
すべてが恐ろしく非効率だった。
GitHubでソースコードが共有され、Pull Request でソースコードの変更をレビューし、レビューが通ったら GitHub Actions が自動でデプロイしてくれる、ウェブ系の現在の環境とはまるで異なる、古代文明の中にいた。
非効率で、人間がやる必要のない業務で日中の9割が潰れた。
20時から始まるテレビ会議

脳筋はパワフルだった。
20時頃に突然チャットが来て、打ち合わせを始めることが週に3回はあった。
20時から21時まで、30分の進捗報告と30分の説教。
怒られるというよりも、脳筋さんの仕事論を聞いて「なるほど」「ありがとうございます」「頑張ります」という返しをするプレイが主であった。
私はSIer社員の語る仕事論が嫌いだった。
「自分がどれだけ残業したか」の話が多く、精神論ばかりだったからだ。
脳筋さんは言った。
「俺達が最後まで見守っているから協力会社が頑張れるんだ」
これは、「協力会社のメンバーの人が残っている限りプロパー社員は残業し続けろ」という意味だった。
自分の作業状況に関係なく、毎日23時まで残り続けることが確定した。
私は技術の話がしたかった。
「最近はこんな技術が出てきて、世の中はこうなっている。
だから、その技術を使ってこんなことがしたい、こうやって面白いものを作りたい」
こういう話がしたかった。
未来を語り、技術を駆使して世の中に何かを出していく。
そんな仕事がしたかった。
SIerのプロパー社員と、そんな話ができたことは一度もなかった。
話題はいつも決まっていた。
- 残業の話
- 身内の噂話
- しょぼい武勇伝
- SIer社内でしか通用しない仕事論
SIer時代に一度だけ、とても良い人が揃っているチームに所属したことがある。
そのときはしょぼい武勇伝を語る人はいなかったからよかったが、SIerに染まりきった人は武勇伝を語る傾向がある。
自分たちの仕事に一点の疑問もなく、誇らしげに仕事をしている連中だ。
私は冷めた目で見ていたが、中で洗脳されてしまうと、自分を客観的に見られなくなってしまうのだろう。
それはそれで幸せなのだ。
延々と続くレビュー地獄

SIerの大規模プロジェクトは「資料作り」と「レビュー」が9割を占める。
とにかく資料を作りまくり、その資料をレビューしてもらうことが大事なのだ。
資料のレビューが「品質」につながると信じている。
システムの品質はテストで担保すると私は思うのだが、SIerでは当然、テストコードは書かない。
「テスト結果報告書」を読んで、「バグの件数」などをふむふむと見て、
「バグが出しきれてないんじゃないか」
などと指摘するのがSIerの品質の高め方だ。
「報告書」の中には「どんなバグが出たか」が書かれていて、そのバグの種類をふむふむと「有識者」が見て、
「出るべきバグが出ていますねえ」
などと言うことで、レビューが進んでいく。
有識者たる偉い人が「いいんじゃないですか」といえばレビューに通り、「品質が高まった」とされる。
私は思った。
それ…、意味あるのか…?
一事が万事、そんな感じでSIerの大規模プロジェクトは進んでいく。
すべてが形式主義で、すべてが「ごっこ」に過ぎない。
形式通りのお作法をこなすことが最も重要なのだ。
お役所仕事、官僚主義ここに極まれり。
新卒の採用担当が「私達は大きな仕事をしています!」と誇る、我らのSIer大規模プロジェクトの実態はお役所仕事なのである。
肥大化した人員。
形式ばかりで実態がない資料作り。
進まないシステム改修。
古くて学びもない、他で通用しない独自開発。
様々なしがらみでがんじがらめにされて、若くて優秀な社員たちがどんどん疲弊し、その人材価値を失っていく。
それが日本の大手SIerの実態なのだ。
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