仕事

その辛い仕事、大切な人生の時間をかける価値はありますか?

「仕事が辛い」という人はたくさんいるでしょう。
会社に行くのが憂鬱で、月曜日が嫌で仕方がない人もいると思います。

そんな悩みを抱える人に私は問いたい。

「その仕事に、辛さに耐えるだけの価値はありますか?」

と。

「辛み」には逃げてはいけないものと、逃げたほうが良いものがあります。

過去を振り返ってみてください。

受験勉強だったり資格試験の勉強も辛かったでしょう。
これらの「辛さ」は逃げてはいけないものです。

というのも、逃げずに最後まで足掻いた方が成績も上がりますし、成績が上がって、偏差値が高い大学に入学できた方が人生の可能性が大きく広がるからです。

つまり、「辛さに耐えると大きなリターンがある」ことがかなりの確度で予測できるわけです。

リターンが大きい場合は、「辛み」からは逃げてはいけません。
勉強に限らず、スポーツの練習でも同じですね。
リターンがあるならば、時間を投入する価値があります。

一方で、「仕事の辛み」はどうでしょうか。

「辛み」に耐えることで、スキルアップが見込めますか?
「辛み」を我慢することで、将来楽になりますか?

どんなに我慢してもひたすら辛いだけで、明るい未来が見えないのであれば、さっさと仕事は辞めるべきです。

仕事はあくまでも「自分が幸せになるための手段」であり、仕事自体が目的にはなり得ません。
目的と手段を混同している人がものすごくたくさんいて、たかが一つの手段のために死ぬほど頭を悩ませている人が本当に多いです。

SIerの仕事はなぜつまらないのか?中の人が真剣に考えてみた

「責任感」なんてクソです

会社を辞めると「責任を放棄」したように思われるかもしれません。
「途中で投げ出すなんて責任感がない」などと言ってくる奴もいるかもしれませんね。

会社員の責任なんてクソです。

会社員は労働の対価として給料をもらいます。

逆に言うと、私たちは給料が出るからこそ、労働力を提供しているわけです。

もらえる給料以上の責任はなく、給料に見合わないと判断したならば、「労働力を提供しない選択」もできるのです。

会社と労働者の関係は「金銭でつながったドライ」なもので、労働力の提供云々の前に、「責任感」とか持ち出す余地はないわけです。

そんなことを言うなら、「辞めたくならないような給与を提示する責任」「辞めたくならないような業務を与える責任」はどうした、という話です。

もちろん会社は会社員のために存在しているわけではないので、社員に都合の良い業務を与える義務はありません。

会社は従業員に「従業員が望む業務」を与える必要はないし、会社員も職場を辞めたり変えたりする自由があるのです。

自分の人生の責任は自分にしか取れません。

給与や得られる経験が「自分の投入する労働力(=時間)」に見合う価値がないと判断した場合は、ドライに退職しましょう。

責任とか関係ないです。
上司は自分の人生の責任は取ってくれません。

物を買ったり売ったりする時と同じです。費用対効果で職場を考えるのです。

その労働に価値があるか?損得で考えよう

人生は時間です。
労働とははすなわち、人生の一部を資本家に提供しているのです。

限りある自分の時間を渡す価値があるか、冷静に判断しましょう。

「得られる報酬」
「得られるスキル」

と、

「労働時間(労働量)」
「精神的苦痛」

を天秤にかけてください。

私たちは幸せになるために生きています。
人生の大切な時間を引数にして労働に投入し、不幸が返ってくるなら時間を投入する意味はありません。
[codebox title=”コード”]

def work(time):
  return unhappy


なんて関数を呼び出す必要はないのです。
お金もお金で、

「いまの辛い労働に耐えていれば、ハッピーリタイアできるだけのお金を手に入れることができる」

なら仕事を続ける価値があります。外資系の投資銀行とかはそうですね。

ですが、年収1000〜2000万程度であれば、辛くしんどい仕事をずっと続けても、40代、50代ではリタイアできません。

一度しか無い貴重な人生の若くて動ける今の時間を、嫌で嫌で仕方がない仕事に費やして、年をとっても何も残らない。
ただ生きていくためだけに大切な時間を奪われて、寝て起きて飯食って仕事して人生が終わる…そんなんでいいんですか?

よくないですよね。

何のために働くのか?

SIerで働いていると、ドMかつ思考停止している人が多いように見えます。

本当にみんながみんな、辛そうにしんどそうに仕事をしていて、辛い仕事が終わったとしても次にはまた辛いプロジェクトが始まります。

毎日8時から22時まで働いて、平日は自分の時間も全くなし。
休日は平日の疲れを取るためにぐったりと休み、たまに家族サービスして土日がなくなる…。

それを1年間続けて、大切な20代、30代の1年が消えていくのです。
そして1年の終わりの納会で「振り返り」をして、「この1年がいかに激務だったか」を笑いながら話しているのです。

馬鹿か、お前ら。

その労働力は、どこに消えた?

めちゃくちゃに働いて、何が残った?
金だけ?そしてそのお金は税金に消えた?

それでいいんかい。

労働に時間を投入して、スキルを得られた。
その結果、仕事の生産性が上がって楽になった。

得られたスキルで個人開発を行った。
個人開発で作ったアプリから収益が上がり、労働の時間を減らしても収入を維持できるようになった。

自分が頑張ったおかげで会社が成長して、長時間労働しなくても収益が上がるようになった。
時給が上がった。

みたいなケースであれば、労働力を投入する価値はありますが、実態は全部真逆でしょう。

労働時間を投入しても何のスキルも得られなかった。
時間もスキルもないから個人でチャレンジもできなかった。
頑張っても頑張っても、どこまでいっても馬車馬のように働かされて、時給はほとんど上がらない。

SIerの仕事ってこれがずっと続くと思いませんか?
これをずっと続けて幸せなんですか?

60歳?で定年して、あなたがいなくなっても会社は回り続けます。

あなたの大切な時間を!
毎日14時間を費やしても!

明日いなくなっても会社は回り、誰にも思い出されもせず、話にも出てこず、あなたの痕跡は消えていきます。

それでいいのかよ。どう考えても駄目だろ。

だからもういいんです。辞めてしまえば。

人生は有限です。

価値あるものに時間を費やしましょう。

参考:【SIerの長時間労働】仕事が辛いときの対処法は、「耐える価値があるか」を見極めること