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感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

神奈川県立歴史博物館に行って、東京オリンピックに思いを馳せた。

雑談
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先週末、天気が良かったので神奈川県立歴史博物館に行ってきた。
入場料は300円。

http://ch.kanagawa-museum.jp/

1階では東京オリンピックの特集が行われていた。9月28日までやっているらしい。


そこにはたくさんの、オリンピックの資料があった。

その時感じたことを、そのまま文章にして残しておきたい。


1964年。

それより20年以上も後に生まれた僕は、当時の様子を想像するしかないのだけれど、1964年は、終戦から20年足らずの年だ。

戦争でボロクソにされた日本。
そのボロボロの日本に生き、這い上がってきた人たちが、当時はたくさんいたはずだ。

博物館で流れていたラジオでは、高揚感がありありと伝わって、「オリンピック」という世界的な祭典を「日本で」開催することに喜びに満ちているように感じた。


当時の朝日新聞や毎日新聞が飾られていて、その一面の見出しには、こんな風に書いてあった。


朝日新聞
「世界の力 ここに集う」


毎日新聞
「世界はひとつ 今ここに」


古臭いフォントの文章には、「平和」への思いが綴られていたように思う。

今よりもずっとずっと、「平和」の意味が重かった時代だ。

平和の象徴としてのオリンピックは、その対極にある戦争を経験し、壊滅的な打撃を受けた日本にとって、大きな意味を持つものだったに違いない。

聖火ランナーは横浜の市内を走っていったようだ。
写真を見ると、聖火を見送る市民で道はごった返していた。
みんな笑顔で、楽しそうな顔をしていた。日の丸の旗を持っていた。

まるでお祭りみたいだった。


オリンピックは「開催にお金がかかる」「その後は廃墟になる」と言われがちだ。
批判も多い。

でも、石原慎太郎とか、いま年を取った人たちは、「オリンピック開催は悲願だ」と言う。

彼らはなぜ、そんなにオリンピックにこだわるのだろうかと、想像してみた。

それはきっと、俺が甘酸っぱい青春に満ちた高校の学校祭を思い出して、

「あの時の興奮と感動を、死ぬ前にもう一度味わいたい」

と思う気持ちと似たようなものがあったんじゃないだろうか。


その年、女子バレーが金メダルを取ったらしい。

「東洋の魔女」と呼ばれた女子バレー選手が、「大国」ソ連と戦った。
結婚適齢期を迎え、引退を表明していたメンバーは、バレーがオリンピックの正式種目になるということで、引退を引き伸ばして練習した。
選手は午前中社業に従事し、15:00から26:00まで練習していたようだ。

そして、日本の魔女たちが、ソ連を破った。
それはもう、日本中の人々に感動を与えたに違いない。

ハッキリとは記憶していないけれど、そのときの新聞には踊るような見出しが載っていて、読んでいて涙が出てきた。

あのお祭りをもう一度、味わいたいと思っている人が、実はたくさんいたんじゃないか。

東京オリンピックは、今から50年も昔の話だ。
当時生きていた人も、もう半分くらいは死んでいるだろう。

2020年にオリンピックを経験できたとしても、きっと俺は、「二回目の自国開催のオリンピック」は経験できないまま死ぬんだろう。

一生に一度のお祭りである。

「踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃ損損」

という言葉の通り、6年後は気持ちよく踊りたいな、と思っている。

Dancing fool, watching fool: all fools, so let's all dance!


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