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感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

LINEアプリについた外国人のレビューコメントがとてもシュールだった。

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App StoreでLINEのレビューを見ていたら、こんなコメントが(笑)

Why? I don't understand why so many people rated one star Line is awesome
(訳:なんで?なんでこんなにたくさんの人がLINEの評価に星一つ付けてるのか意味がわからないよ。LINEは素晴らしいのに。)
Ddagkhfxsfvijfd -2014/05/06

脱社畜ブログの日野さんが2012年にこの記事を書いたときから全く進歩していない。
「App Storeのレビューに、日本のモンスター消費者の片鱗を見る」
http://goo.gl/pDLFOS

コメントの内容は「落ちた」「使いづらい」「友達消えた」みたいな、起こった現象をそのまま書いたもので、デバッグ担当者がほしがるような具体的な状況は書かれていない。
無料で使っているにも関わらず、こうやって気に入らないことがあると★を一つつけて悪口を書かれる。

このような日本人の評価の厳しさとか、商品に求める水準の高さは、外国人から見たら異質なものに見えるのだろう。
求める水準は高いが、消費者の知能が高いとは限らないのも特徴だ。
(「知能が高くない」というのはやや語弊があるかもしれない。おそらく、コメントを残している人の多くはまだ"未熟"な中学生くらいの年代なはずだ)

また、海外のAmazon.com(Amazon.co.jpではない)のレビューなんかを見ると、良い本には"fantastic!"とか"excellent!"みたいに、言葉の限りを尽くして褒め称えているのがよく見られるのだけれど、
日本人の場合は悪口の方が圧倒的に書かれやすく、あけすけな褒め言葉は表に出てきにくいのもあるだろう。

個人的には、悪口を書きまくるより、良いところは恥ずかしがらずに堂々と褒めて、直すべき部分は建設的かつ、後々の改善につながる批判をするべきだと思うんだけど。

日本では総じて、クリエイターや開発者への愛が足りないように感じる。
愛というのは、最初から完璧なものなど存在しないことを受け入れた上で、共に育てようとする気持ちのことだ。

受けるサービスに完璧を求めるが、それに対する対価を払うことにはひどく抵抗する。
それはたとえば、公共サービスなどを享受する大人にも当てはまることだろう。

海外では、サービスはお金の対価として提供されるものだと聞いたことがある。

対価以上の余計なサービスを求めようとすると、

It’s none of my business.
(それは私には関係ないわ)

と言って一蹴されると本で読んだことがある。
(ただし、僕は海外の消費者事情をよく知っているわけではないので、全く信ぴょう性はない。詳しい人がいたら教えてほしいです)


少なくともLINEについては、アプリ自体が無料で使える上に電話も無料でできて、一昔前なら月に10,000円以上かかっていた電話代が月に500円になったんだから、★5つを付けて心から感謝したい。
大変助かっております。

僕が送ったLINEにいつまで経っても「既読」すらつかないのは、LINEのバグだと信じたいけどね。