感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

「悲しいから涙を流すのではない。相手を責め、同情や注目を引くために泣いているのだ」

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最近、TSUTAYAのベストセラーコーナーにアドラーの本が二冊あったので、つい衝動買いしてしまったのですが、これが想像以上に面白い。
売れるのもわかる。

全部読んでからまとめて感想を書こうと思ったんだけど、一つ一つの内容が示唆に富んでいるので、少しずつメモを残していくことにした。


記事のタイトルにある、

「悲しいから涙を流すのではない。相手を責め、同情や注目を引くために泣いているのだ」

という言葉。

これがどういう意味かわかるだろうか?

これは、「アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉」からの引用だが、

別の本(「嫌われる勇気」)では、

「人は怒りを捏造する」

とも書いてある。

これらは、感情は目的を達成するための手段として使われる、という意味だ。


アドラーは「すべての行動には(本人にも無自覚な)目的がある」という立場をとった。
これをアドラー心理学では「目的論」という。

たとえば、人が涙を流すとき。
それは、ただ悲しいから泣くのではなく、涙を流すことによって同情を集めたり、注目を得たりしようとする目的があるという。

上司に怒られて泣いている人がいた。
泣いている部下を見て、上司はきつく叱ることができなくなってしまった。

このとき、部下は涙を流すことによって、相手を意のままに操り、自分にとって都合のよい状況を作り出したのだ。
つまり、本人も無自覚なままに、目的をもって泣いていたということだ。

このような感情表現で人を動かそうとする人間は、幼稚だとアドラーはいう。

子供は「感情」でしか大人を支配できない。大人になってからも感情を使って人を動かそうとするのは幼稚である。


感情は2つの目的で使用される。

1つは、相手を操作し、支配するためだ。
コンビニでレジの店員に向かって怒鳴っているオッサンがいる。
このオッサンは、店員を威嚇して、自分に屈服させ、意のままに操るために怒りの感情を使っているのだ。

2つめは、自分自身を突き動かすためだ。
感情を使用することで、行動を促進する。感情に背中を押してもらうわけだ。

アドラーはこのような感情に支配されることなく、利用すればいいと説いている。
冷静に考えるだけでは行動力に欠けてしまう。

だから、車を動かすガソリンのように、行動を促すために感情を利用すればいい。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え