感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

プロジェクトマネージャー研修の苦い思い出

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昔、プロジェクトマネージャー研修という講義を受けた。

プロジェクトマネジメントの心得みたいなものを学ぶ研修で、講師は某有名外資系企業出身の人だった。
あの頃の僕は、入社して間もないような頃で、就活のときに憧れ抱いた「外資系まじすげー」という感情をまだ大切に持ち続けていた。

外資出身」の響きで、その人はものすごく優秀な人に見えた。


研修のときに、講師は聞いた。

「この中に●●を受けたことある人はいますか?」

自分の出身企業を受けたことがあるかどうか、聞いているのだ。

なぜこんなことを聞いたのかは未だにわからない。それが研修の学習事項の伏線になるのかと思ったが、そんなことも全くなかった。
どうやら、自分の出身企業を誇りたかったようだ。

受けたと手を上げた人に、

「なんで●●に入らなかったんですか?」

と聞き、

「落ちたから」

と答えると嬉しそうに、

「入らなくてよかったですよ。ハハハ」

と笑った。何も面白くなかった。


いま思うと、哀れな人だと思う。
転職したあとも、前職の威光を振りかざし、それを誇る人間はひどく滑稽だ。
なぜかというと、威光はそれを「すごい」と思う人には有効だが、なんとも思っていない人間にはピエロに見えるからだ。


IBM出身だから」とか、「アクセンチュアいたんだけど」みたいなことを言って関心を引こうとするのは、本のタイトルに「なぜマッキンゼーをやめたのか」とつけるような釣りっぽい印象を受けてしまう。
それは、その会社に憧れている人には有効だが、なんとも思っていない人には何の効果もない。
グーグル出身と言われたら尊敬するかもしれないけど(笑)


研修中に、講師はいった。
とても誇らしげに、嬉しそうに。

「毎晩3時まで仕事して、翌朝8時にホテルのロビー集合。夜中に進捗確認をした」

激務をやり遂げた自分を誇りたかったようだ。
何度も何度も、炎上プロジェクトの話をした。プロジェクトマネージャー研修なのに、プロマネとしてそれを収束させた話はなかった。

メンバーが途中で離脱したり、倒れたりする人がいたと話していた。
自分はそんなプロジェクトのマネージャーだったと。
お客様のために、なんとかやり遂げた、と。
苦しかったけど、なんとか納品できたと、彼は嬉しそうに言った。

そんな経歴を誇らしげに語る彼だったが、それは完全なる自己満足だ。
メンバーに過度の負荷を課し、適切なタスクの割り振りも、顧客との調整もできず、異常な業務量を「回した」ことを誇る。
それで納品できたと誇らしげにいう。

それは、自分が無能なマネージャーだって暴露しているようなものだ。
おそらくは、会社の上司にも誇らしげに報告したのだろう。なんと、愚かな。


こんな奴がいるから、炎上プロジェクトはなくならないんだと心から思う。
こんな奴が、研修をやるからダメなんだ。

最近は、「文系学者が本当に頭悪い」っていうエントリーが注目を集めた。
博士論文のコピペ問題に関する議論を聞いていて、やっぱり文系学者って本当に頭悪いんだなって思った

これと同じようなタイトルをつけるとしたら、

「プロジェクトマネージャー研修の講師の話を聞いていて、やっぱりプロジェクトマネージャーって本当に頭悪いんだなって思った」

となるだろう。
実際はそんな愚かな人ばかりではないから、「プロマネは馬鹿」と、一般化はできないけれど。

この研修の講師は、はてなのプロマネの人の記事を何回も熟読してほしいわ。

「炎上の末にやり切った仕事を誇るよりも、ひっそりと静かにやり遂げた仕事を誇りなさい」と言いたい。