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感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

ケータイの電源は、黙って切る。

雑談
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揺れていた。

家で自分の勉強をするときなどに、ケータイによって集中力を奪われていた。
ケータイは時間を奪う悪魔のようなだと考え、なるべく距離を置きたいと切に願った。

しかし、土曜あたりにこの記事を読んで、考えを一瞬改める。
記事の内容は、あのホリエモンはいつもLINEを打ちながら仕事をして、同時並行で指示を出していた、というものだ。

この記事に触発されて、ケータイを手元に置いて、LINEを起動させるのも悪くないと考えるようになったのだ。
とりあえず、ここ3日間、手元にケータイを置きつつ、PCではLINEもtwitterも立ち上げて、自分の勉強を進めてみた。

結論から言うと、この試みは大失敗だった。

何かをやろうとすると、「ピコピコ」とLINEのチャットが鳴る。
そのチャットが終わったかと思うと、別の電話が来たり、電話が切れたと思うと、他のメールが来たり、恐ろしく集中力を奪われた。

言うならば、職場でひっきりなしに誰かに話しかけられ、電話がかかってきて、メールがきまくるような状況だ。
自分の作業ができるわけがない。

ホリエモンがLINEをいじりながら仕事ができるのは、その仕事の性質が、長時間の集中を必要としないからだ。

ごく短い時間集中して、先の展開を読み、指示を出す。
そういう司令塔的な仕事をしている場合は、レスポンスの早さこそが肝となる。
その場合、LINEで仕事を回すのは非常に効率が良い。

余談だが、ネオヒルズ族与沢翼さんもLINEで仕事の指示を出すと雑誌に書いてあった。

一方で、プログラミングだったり、勉強だったり、ブログを書くでもいいけど、長時間の集中が必要になる作業において、
こういうチャットの類は集中を阻害する要因となる。

意識が分散されてしまうからだ。
ここ三日間でそれを痛感した。

友達の数は極めて少ないのだが、極めて少ない中でもベシベシとチャットが飛ぶ。
それをイチイチ確認すると、まじで集中できなくなる(笑)

だからやはり、ケータイはできるだけ見ないようにするのが、5年後の自分にとってはいいことなのだ、と思うようになった。
人生は、自分の時間を何に配分するかのポートフォリオ・マネジメントだからね。


ただ、ここで注意すべきは、黙ってケータイを切るべきだということだ。
いちいち、友達とか恋人に、「おれ、ケータイ見ないから」とか「LINEやめるわ」みたいなことをいう必要はない。

こういう誰も知り合いがいないブログには好きなことを書いても誰も傷つけないが、そういうことをリアルに言われたら傷つくだろう。
自分が蔑ろにされているように感じるからだ。

なので、今日から俺は、そっとケータイの電源を切り、静かに、静かにスマホ離れを決行することにしたい。

だいぶ昔に読んだんだけど、この本の主旨は、「時間に追われてばかりでいいのかよ?お前、それで幸せなのかよ?」みたいなものだったと記憶している。

ただ、なんとなく、周囲には「時間を奪われている現代人を象徴する物語」と解釈されている気がする。
友達は昔、グリーとかモバゲーのことを「モモ・ビジネス(=時間を奪うビジネス)」と呼んでいた(笑)