感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

技術研修と昭和の香り

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会社というのは、社員の成長のために様々な研修を用意してくれる。
中には必ず受けなければならない研修のようなものもあるだろう。

ただその中でも、外部の業者が提供する研修はものすごく高い。
ぶっちゃけボッタクリだろうといえるような高い値段で研修を提供する。

しかし、正直に言うと、(高くて5000円で買える)一冊の名著を超える研修など、一度も見たことがない。
無理やり細かい字をパワーポイントに詰め込んで、読み上げ、とりあえずグループワークを行う。

・・・研修は、非効率だ。
本に比べて、時間あたりの学びが少ない。

「知識を体系的に学ぶ機会を提供する」という意味で、研修は役に立つという意見もある。
でも逆にいうと、研修が役に立つのは、業務外でみんなが勉強していないからなんじゃないか。
体系的な勉強は、普段から家でできるじゃないか。

自分で勉強する人にとっては、10万円の研修を用意されるよりも、5000円の本を一冊買ってもらったほうがいい、というのが本音だろう。

研修をより意義のあるものにするための個人的な考えとしては、一冊の課題図書をまとめて、各々が発表するような形にすると良いと思う。
よく勉強会でやってるような、「Effective Javaを読む」みたいな形で、各々が読んで、良い点や実務で使える点を発表しあうのだ。

クソ高い金を払って外部の研修講師に頼むよりも、必要な知識を深く正確に学べるし、受け身で聞くよりも自分で発表した方が身に付く。
費用対効果が大幅に改善するだろう。


・・・と、色々と研修について語ってきたが、研修の非効率さなんかよりも、さらに深刻に思っていることがある。

それは、研修の内容の多く(あるいは一部)が、時代と大きく乖離していることだ。

もちろんブログでは具体的な内容は言えないが、簡単にいうと、研修の講師の方の考え方が、COBOL時代の知識で完全に停止してしまっていることが多々あって非常に気になった。

研修の講師を本業にしているということは、長らく現場にいないということだ。
そして、ベテランの講師であればあるほど、現場から離れた期間は長い。

オブジェクト指向って何?
テスト自動化、何それおいしいの?みたいな講師が、研修で「伝統的な」知識を伝授してくれる。
それはそれで有意義ではあるのだけれど、どこか昭和な香りがしてしまうのも事実だ。

研修の講師はおそらく、かつての大エースのような人だ。
COBOLを武器に一時代を築いた偉大な男なのだろう。

1980年代のエースは、その優秀さゆえに、人を指導する教官のような立場になったはずだ。
永遠の0」でいうと、海軍のエースである宮部久蔵が教官になったみたいに。
でも、その知識が完全に昭和なのだ。宮部久蔵なのである。

1980年~1990年代前半のエースの知識は、あまりに現代と乖離していて、ボーイングで旅行する時代に零戦の講義を受けているような、そんな複雑な気分にさせられる。

俺達が知りたいのは、平成の戦闘機の知識なのに、零戦で特攻みたいな、過去に栄華を極めた知識を伝授される。

そんな感じで、研修では昭和にタイムスリップしてしまったような、軽い絶望を感じた。

書きながら、筆の勢いで太平洋戦争にたとえてしまったが、今のSIer第二次世界大戦時の日本海軍のようなものなのかもしれない。
真珠湾攻撃に成功した日本海軍みたいに、かつての栄光(成功パターン)から抜けだせずにいる。

便利な技術がたくさん出てきている。
でも、そんな便利で新しい技術を取り入れることもなく、人を不幸にする根性の運用を続けている。

零戦で特攻する軍人みたいに、人力で特攻的なシステム運用をする姿は「大和魂」そのものだ。
そして全てはお国のためならぬ、顧客のために、である。

SIは優秀な人間を凡庸にし、凡庸な人間を、平凡で退屈な人間にすると言われている。
誰が言ったのかは知らないが。

SIerの人間のほとんどは真面目で一生懸命な人達だ。
お客様のために、単純な作業も黙々とこなし、品質を担保する。
お客様はその対価に、お金を支払ってくれる。

お客様が第一。そのために最大限努力する。
これは当然の姿勢だ。素晴らしい心構えだと思うし、誇らしく思うところでもある。

しかし、その真摯な努力が、エンジニアを全然幸せにしていないこと。
そこだけをすごく残念に思う。

辛くしんどい思いをしたことが、顧客にとっての価値になるわけではない。

お客様にとっては、最新の技術だろうとレガシーなものだろうと、さほど関係はないのかもしれない。
でも、新しい技術を取り入れることで、開発者は幸せになれると思う。

楽しいし、楽ができるからだ。
そして、楽をすることは、品質を下げることではない。

人間はつまらない単純作業をやるようにはできていない。
世の中はどんどん便利になっている。

COBOL時代の知識が無駄だというわけではないが、新しい技術を取り込む姿勢や、もっと人間が楽になるように運用を考えることも、大事なことだろう。

宮部久蔵に敬意を払いつつ、平成の技術を学ぶ姿勢を持ちたいものだ。


永遠の0 (講談社文庫)

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