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感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

すごい人に会いに行くことに意味はあるのか。

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ビジネス本とかには、「すごい人にどんどん会いに行け」みたいなことが書いてある。
若ければ若いほど会いに行きやすい。
年を取ると、人に会いづらくなる。

だから、若いうちにすごい人に会って刺激を受けてこい、と。

社会人になりたての頃、その言葉を信じて、意識高い友人と一緒に「すごい人」に会いに行った。
とある会社の社長とか、なんか有名な人とか。

で、会ってみるとやっぱり積み上げてきた経験の違いからか、見ている目線は俺たちよりもずっと高かった。

なんていうか、学生が口先で「グローバル」っていうのとは全く違う感じで、本当に世界を見て仕事をしてきた人なんだなぁという印象を受けた。

実際に「すごい人」に会ってそういう話を聞くと、妙に意識は高まり、なんだか自分がすごくなったかのような錯覚に陥りがちだ。

でもあの時からけっこうな時間が経った今になって思う。

あんまし、意味なかったなって。

なぜか?

会っただけでは人間は変わらないからだ。
いや、違うな。
変わるためには、その「すごい人」の言葉を受け入れる器がなければいけないからだ。

でも、当時の自分にはその器がなかった。

ただのミーハーな気持ちだけだった。
すごい人に会えば、何か変わるかもしれないという期待だけ。

逆に、言葉を消化して、実際に行動に移すだけの器があれば、人に会うことは成功の大きなきっかけになる可能性を秘めている。

たとえば、高校生だった孫正義は、日本マクドナルドの創業者・藤田田氏に会いに行って、人生が変わった。
「コンピューター関連を学ぶように」という助言を受けて、鬼のように勉強し、実際に成功した。

良い出会いは、自分のベクトルを上方に傾けてくれる。

でも、ミーハーはダメだ。

一時的にベクトルが上向きになったとしても、中折れした男のうまい棒みたいに、しゅんと沈み込んでしまう。
持続力がないのだ。

だから、今後は自分が目上(?)の人に会うときには、こんなことを気をつけようと思っている。

・何かを得ようという、下心ばかりになっていないか
・逆に、自分がその人に何かを与えることができるか

結局、相手に必要とされるような、何かを与えられるような人間になれないと、すごい人と会ったところで結局は見限られてしまうと思うから。

ちなみに最近、「GIVE&TAKE」という本が本屋でどーんと売りだされてたから、衝動買いしたんだけど、人に与えることは大事っぽい。まだほとんど読んでないんだけど。

読み終わったら感想書きます。

GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代 (単行本)

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