感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

外から来た人だからこそ、見える世界もある。三井銀行の経営を担った中上川彦次郎さんが「厘」をやめた話。

<スポンサーリンク>

日経1面「春秋」の記事が面白かった。

明治時代に1円の100分の1が1銭。その10分の1が1厘とする貨幣が世の中に浸透した。
今ではそんな単位は野球くらいでしか使われていないが、この単位が消えたのにはちょっとしたエピソードがある。

三井銀行の経営を担っていた中上川彦次郎(なかみがわ ひこじろう)が、

「金の利息の計算が煩雑でしょうがないから、思い切って利息に厘の単位をやめよう」

と言い出したのだ。

預金の利息は厘の位を銭に切り上げ、賃金は厘を切り捨てた。
銀行には損失が出るが、厘の通過を用意する手間が省けるなどの仕事の効率があがり、利点が大きいと考えた。

そして、この中上川の決断に他の銀行が追従して、厘の流通が少なくなってきた。
政府が厘や銭の貨幣の流通を止めたのが1953年。

それよりはるか昔の話。

で、こういった「中の人」から見ると意味不明な改革(?)ができたのは、中上川の多彩な経歴が背景にあるという。

慶應出身でロンドンに留学。
工部省、外務省を経て、時事新報社の社長に。
それから鉄道会社の社長を経て三井銀行に転じた。

こうやって、銀行以外のキャリアを歩んできたからこそ、「中の人」には見えない非効率を改善できたのかもしれない。

だって、当時の銀行の人が常識としている「厘をやめる」なんて、絶対に思いもつかないでしょ。
それが当たり前だと思ってるんだから。

話は少し変わるけど、はてな界隈で「変わらない」の代名詞として使われてるのはSIの人月。
こういうのを抜本的に変えるような、新しい発想っていうのは案外、外からきた人なのかもしれないよね。

今の決定権がある40代後半の「SIの偉い人」にとって、人月は常識だから、まず内部から変わることはない。

驚異的なベンチャーが現れて、シェアを奪われたとしても、たぶん変わらないと思う。
なぜなら、「それ以外の発想」を浮かべる引き出しがないから。

逆にいうと、同じ会社の蛸壺(タコツボ)の中で、同じようなものを見て発想の幅を狭めることのないように、"自分は"外の世界をもっともっと意識的に覗くようにして、刺激を取り入れるようにしなければならない。

"自分は"と言ったのは、それを人に強制することはできないという意味で、個人のキャリア、どんな経験を積むかという視点で考えなければ、という意味。