感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

壊れた携帯を彼女に見立てるのってお前何番煎じだよって思いながら、壊れたパソコンに想いを馳せる

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※年末なので飲んで酔ってます。追記じゃないよ。

Facebookとかでよく

今まで5年間。片時も離れたことがなかった。
つらい時も悲しい時もいつも一緒の時を過ごした。
私の大切な存在・・・

(中略)

大事なものは失って初めて気付くもの。

ありがとうiPhone4s!

みたいにダラダラ書いて、最後に「携帯新しくしました」ってパターン。
もう1行目から携帯電話乙!とか思って読むんだけど、それ、何番煎じなんだよ!
もっと他のパターンは無いんか?
虚構新聞か!

「携帯変えました」

でいいじゃねぇか。面白いこと書きたいのはわかるけど、もう使い古されたネタだと笑えないよ!

逆にたとえば、Facebook

いつも一緒にいた。
つらい時は一緒に泣いて、楽しい時は一緒に笑って、同じ時間を共有してたね。

(中略)

ありがとう幸子!

結婚おめでとう!うおおおおお

みたいに書いたら「携帯じゃねぇのかよ!」とドッカーンとくるね。
逆に尊敬する。
幸子に幸あれ!

それにしても。あのFacebookの投稿のしづらさはなんだろうね。
もう思いの丈を投稿できない。

昔の恩師とか元カノとか、なんか知らんけどFacebookにはいるわけで。
何書いていいのかわかんねぇよ。

映画見たことも気軽に投稿できない。

リアルな関係が強すぎるWebは息苦しい。
別に人の悪口を書きたいわけじゃないんだよ?

昔のmixiくらいのアットホーム感って意外とよかったなぁと思うんだけど。

今までの色んな時期に、色んなところで関係した人が、Facebookにはいるよ。
その結果、何を投稿していいのかわからなくなった。

「Webが透明になる」ってそういうことなの?
教えてくれよ、ザッカーバーグ。
お前はこんな、息苦しいWebを作りたかったのかよ。

話変わるけどさ、ツイッターとか見て、「ネットが馬鹿を可視化した」っていうじゃん。
ツイッターだけじゃないよね。ツイッターで「ついうっかり」書き込んで馬鹿見ちゃったってのじゃなくて、
熟考して投稿する人が比較的多いFacebookにも意外と変な人がいる。

たとえば、Facebookの広告。
広告のコメントを見ると面白い。
いや、もちろん広告も胡散臭いのが多いんだけど、コメントもひどい。
ひどいコメントしてる人のタイムラインの投稿は意外とまともなのに、なんなんだろうね。

それにしても、パソコンがぶっ壊れた衝撃は意外と尾を引いている。
今はMac Book Airで書いてるんだけど、ブログを書くのも、勉強するのも、やっぱり普段から慣れ親しんでるパソコンがないと不便だ。

年末の計画が狂ってしまったので、なんかいっそ思いっきり遊んでしまおうかなって考えてもいる。
皆さん今年もお世話になりました。

良いお年を。