感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

監視される社会。グーグルグラスはスカウターになりうるのか。

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今日の日経新聞1面に面白い記事があった。
九州が地盤のスーパー・トライアルカンパニーでは、棚の上の画像認識センサーで、客の行動を詳細に記録しているそうだ。
何分立ち止まって、どの商品を手にとって戻したかなどを数値化して蓄積する。
来店者の迷いを記録して、商品の包装や陳列を見直す際の参考にするという。

JR東日本では、駅構内に設置する自動販売機に画像認識センサーを設置。
客の性別・年齢を識別してふさわしい飲料製品群を画像表示するという。

個人の一挙手一投足がデジタルデータで大量に集められている現代だ。

そういえば、公園で通り魔事件を起こした犯人の顔写真がテレビで公開されていたことに、ちょっと驚いた記憶がある。
普通の公園でも「撮られている」ものなんだ、と。

野村総合研究所のコンサルタント・鈴木さんは言う。
「いずれ、現実世界をググれるようになる」
と。

世界中に設置された画像データ。
ウェブ上に拡散されている本人の情報。
Facebookのプロフィール。

プライバシーの問題さえ脇に置けばだけど、もしかしたら10年以内には、自分の名前をGoogleの検索窓に入力したら、「この人はここにいます」みたいに検索できてしまう未来が来るのかもしれない。

それはそれで、便利ではあるけれど、常に監視されている社会でもある。

グーグルグラスには、利用者の視界に沿った録画機能がある。
顔認識技術と組み合わされば、すれ違う人の素性がわかってしまうのではないか、という懸念も。

これはもう、リアルなスカウターじゃないか。
見た人を画像解析して、戦闘力を計るかのように素性を検索する。
そして、グーグルグラス上にその人の名前、職業、趣味などを表示・・・

なんてことが現実に起こりうるかもしれない。
これは僕の世代の人達が、子供の頃ドラゴンボールを観ながら思い描いた未来の姿でもある。

テクノロジーは人々を豊かにする。
一方で、テクノロジーの進歩はそれを悪用しようとする者の力をも増幅させる。

ありがちな言葉だし、当たり前のことだけど、モノは使いようなのだ。
未来の私達が自らを律し、テクノロジーを使いこなすリテラシーだけでなく、それにふさわしい規律を持った自己を確立できますように。

ここまで書いて、司馬遼太郎さんの「21世紀に生きる子供たちへ」 という話を思い出した。

最後に、素晴らしい一文を引用したい。

君たちは、いつの時代でもそうであったように、自己を確立せねばならない。
───自分に厳しく、相手にはやさしく。
という自己を。

そして、すなおでかしこい自己を。
21世紀においては、特にそのことが重要である。
21世紀にあっては、科学と技術がもっと発達するだろう。
科学・技術がこう水のように人間をのみこんでしまってはならない。川の水を正しく流すように、君たちのしっかりした自己が科学と技術を支配し、よい方向に持っていってほしいのである。

二十一世紀に生きる君たちへ (併載:洪庵のたいまつ)

二十一世紀に生きる君たちへ (併載:洪庵のたいまつ)