感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

怒りはブロガーの栄養

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脱社畜ブログに出会ったのは昨年の暮れの頃だっただろうか。
たまたまホットエントリに上がってきて、たまたま見つけたときの衝撃は今でも忘れない。

グラップラー刃牙」では、範馬勇次郎(地上最強の生物)が生まれたとき、世の中の他の生物の「強さのレベル」が一段階下がったと言われているが、
脱社畜ブログを見つけた時、俺の中で他のブログの「面白さのレベル」が一段階下がった。

今まで読みまくっていた2ちゃんねるのまとめには全く価値を見いだせなくなり、ほとんど読まなくなった。
暗黙の常識と思われていたことに、明快なロジックで鋭く切り込んでいく日野さん(当時は電脳くらげさん)の主張に、大きな影響を受けた。

それで、脱社畜ブログを見つけたのは深夜だったにも関わらず、過去エントリを残らず読みまくり、一晩でファンになってしまったわけだ。
それ以来ずっと、脱社畜ブログを読み続けている。

脱社畜ブログは今のようにブレイクする前から、主張は一貫して変わっていない。

「労働させるなら、それに見合った対価を払え。やりがいとか成長という綺麗事でごまかすな」

というものだ。

著書の中でも、自分が経営者時代にひたすら開発に没頭できたのも、「その先の富」という希望があったからだと述べている。

しかし、日野さんの主張は一貫して変わっていないにも関わらず、最近のブコメなどでは「ポジショントークだ」とか、「本を売るためのセールストークだ」という主張が増えてきた。
こういうアンチコメントが増えてきた第一のきっかけは、退職エントリで東大生だということが発覚したことだった。
正直、昔から読み続けている人にしてみれば、東大出身であることはわかりきっていたことだった(はてなのプロフィールにも書かれていた)のだが、退職エントリあたりから読んだ人には衝撃だったのかもしれない。

第二のきっかけは、本を発売したことだろう。
書籍発売のやっかみからか、アンチが急増した気がする。
ブログの記事は、アンチからすると本のセールスのためのもの、とみなされるようになってしまったのだ。

実際に本を買って読むとわかるが、主張は一貫しつつも、書籍とブログの間では「深み」が違う。

大人系のサイトを作っていたこと、プライベートプロジェクトへの想いなど、「日野さんの中」に切り込んでいっているのが書籍の大きな特徴だ。
(余談だが、日野さんがいた会社はR天だったんじゃないかと推測している。逆にいうと書籍では、そういう推測ができるくらいに、自身について踏み込んで語っている)

さて、そんな日野さんの脱社畜ブログだが、最近は以前に比べて少しだけ、勢いがなくなってきたように思える。
もちろん、言っていることが変わったとか、セールストークを繰り広げているなんてことはないし、「面白くなくなった」という意味でもない。


では、以前に比べて、いまの脱社畜ブログに足りないモノは何かというと、「怒り」だと思っている。

少なくとも1年くらい前に俺が衝撃を受けた頃の脱社畜ブログは、当事者としての怒りに満ちていた。

やりがいや成長という言葉の裏で、支払われない対価。
長時間労働を強いる環境。軍隊のような調和を求める組織。

日野さんは冷静に記事を綴っていたが、それでも文章からは、世の中の理不尽に対する抑えきれない「怒り」を確かに感じたのだ。
その日野さんの抑えきれない思いが、大きな共感を呼んだのではないかと思う。
(余談だが、大ヒットしたApp Storeのモンスターレビュワーの記事も、自身が開発されたアプリに対するモンスターレビュワーへの怒りがあったのではないか、と思っている)

しかし、退職エントリからしばらくすると、かつてのような激しい怒りが文章から感じられなくなった。
どこかトーンも落ち着いていて、ロジックはたしかに明快ではあるが、かつての切り込むような鋭さは鳴りを潜めてしまっているように思う。
人斬りをやめて流浪人となった緋村剣心みたいに、穏やかな文章を書かれるようになった。

それはきっと、退職を実現し、日々のストレスが減り、充実した生活を送っていることの裏返しなのだろうと思う。
ここで「実現」と書いたのは、日野さんが計画的に努力して、プライベートプロジェクトを進めてきた結果の独立だからだ。
素晴らしいことだと思う。

俺はどんな文体になっても、脱社畜ブログを応援したいし、次の本ももちろん購入します。

昔どこかで読んだのだけれど、夏目漱石か誰か、有名な小説家が、

「小説を書くコツは何か?」

と聞かれたときに、

「自分の足で外を歩いてヒントを得ること。だから行動力のない人には難しい」

と答えたというエピソードがある(あった気がする)

ブロガーにもこれは言えることで、創作のヒントは日々の生活にあると考えている。

だからもし、この記事が日野さんの目に届いたらなんだけど、もし今の生活が満たされているなら、子どものための本棚の記事みたいな、
読んでいてほっこりと幸せな気持ちになる記事を増やしてくれると嬉しいなぁ、と思う。

痛快な脱社畜記事ももちろん好きだけれど、幸せな気分になれるような記事も素敵だと思うし、日野さんの脱社畜後の生活が垣間見える記事を読みたいな、と一人のファンとして願っている。

<追記>
ここまで書いて、脱社畜ブログの新たな更新が。
東洋経済オンラインの2回目の連載記事が発表された模様。
従業員に「経営者目線を持て」という謎の要求

この記事を読んでわかった。
日野さんは変わったのではなく、進化の途中だったんだと。

こんな感じの文章もあって、クスッと笑える仕上がりになっていた。

今日はどうしても外せない予定がありまして……残念です
と、会社を憂うフリをすることで、逆に帰りやすくなる。

読んでいて、すごくいい意味で、藤沢数希氏のような軽快なタッチで洒脱な文章になったなぁと思う。

そうやって適当に理念だけ賛成しておいて、実際には従業員として行動すればいい

とか、こういう適当な感じが今までの日野さんから進化している気がして、とてもよかった。
新著に期待しています。

<追記2>
shoichikasuoさんから頂いたコメントが核心をついてくださっていると思ったので、追記します。

怒りか…たしかに怒りみたいな強い感情がブログから伝わると、面白い。ただそれは怒りだけじゃなく、強い感情ってのがポイントじゃないかな

強い感情が出ている文章は面白い。中の人の素が滲み出ているから。

脱社畜の働き方~会社に人生を支配されない34の思考法

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