感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

友達は本当に”一番”大事なんだろうか?

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昔からたくさんの大人に「友達は一番大事だ。友達を大事にしなさい」と言われてきた。
偉人も友達に関する名言を残している。

「その人がどういう人か知りたければ、その友を見なさい」

と。
友達こそがその人の人生の財産で、友達こそが人生で最も大事なことのように語られる。

友達って一番大切なものなのか?

と。社会人になってからは特に、疑問に感じている。

たしかに大学まではほぼ間違いなく、人生の充実は友達に依存していた。
友達がいれば毎日が楽しくなるし、予定も充実する。
そして、予定を充実させるだけの潤沢な時間があった。

いつまでも自由が続くような気がしていた。

会社に入ると、逆に自由な時間は少なくなる。
時間を資源とするならば、限られた資源には優先順位をつけて割り振らなければならない。

人生は、時間の使い方に優先順位をつけて配分するポートフォリオ・マネジメントだ。
そして、優先順位は人それぞれの価値観に合わせて、多様にあってもいいはずだ。
その考えなしに、「友達は一番大事」とするのは大人の思考停止だと思う。

そんなに仲の良いわけでもない友達に飲みに誘われると、時間がもったいないと感じてしまう。
何も積み重なることのないその場限りの楽しみに、時間を使いたくはない。

今のこの飲み会に時間を使うことは、自分にとって将来的に何か意味があるのか?

と、そんな風に考えてしまう。
こんな風に考えるのは、一般的にはつまらない人間なのかもしれない。
堅苦しいキモいやつに見えるかもしれない。
てゆうか、こんなこと言うやつ、絶対飲みに誘いたくないだろう(ごめんね)

もちろん、「毎日を楽しく過ごす」ことの優先順位が高い人は、毎日友達と飲みに行けばいい。
実際にいつも飲み歩いていて、休日は楽しそうに友達と旅行しているような人はたくさんいる。
Facebookを見て、いつも楽しそうだなぁと思う。ちょっと羨ましい。

それでも自分は、そういう時間の使い方をしたいとは思わない。
ブログのコンテンツを充実させたり、プログラミングの勉強をすることに時間を費やしたいからだ。

そのためには時間が足りなすぎる。

友達とも飲みに行って、パッと切り替えて勉強するときはする、仕事は仕事ってできたらいいんだけど、
自分は切り替えが下手で、友達と予定が入ると家での学習効率が極端に落ちる。

勉強するときは、一日勉強に時間を費やしたい。
開発するときは、開発にどっぷり時間を使いたい。

自分の人生の優先順位を意識している限り、こんな時間の使い方でも間違っていないと思っている。

一方で、やっぱり土日は寂しかったり、結婚式で誰も呼べなくなったらどうしようとか、そんな悩みを抱えている。
その辺の吹っ切れないところが、自分の弱さだ。

自分にとって大切なことはなんだろうか?
それはその時々の価値観に照らして、成長に応じて変わっていくものなのかもしれない。
それでも、無意識・無批判に世間の常識に流されて、時間の使い方を常識に規定されてしまうのは、ちょっともったいないように思う。