感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

時代は繰り返すけれど、価値観は深く根付いてなかなか変わらない。

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今日の日経15面。「日曜に考える」の記事が面白かった。

少し長いが、要約しながら自分の考えを述べていく。

■哀しき立身出世主義
「天は自ら助くる者を助く」という有名な言葉で始まる西国立志編は、1871年(明治4年)に刊行された。
これは欧米でもベストセラーになった英国の作家、サミュエル・スマイルズの「Self Help」を中村正直が翻訳したものだった。

スマイルズは立身出世のための徳目として努力・勤勉・倹約・忍耐などを挙げた。
自助努力によって夢が実現する。頑張れば報われる、という言説は明治維新の動乱による栄達に乗り遅れた下級武士の青年らに熱狂的に受け入れられた。
建前上は四民平等となり、職業の選択、移住の自由が認められた。
西国立志編」は若者の立身出世の炊きつけ読本となった。
これをきっかけに多くの若者が立身出世を目指し、必死になって学問に励むようになる。日本人の立身出世、成功への情熱は異常な高まりを見せた。

庶民の「出世」が意識され始めたのは明治時代になってからだという。
その前は階級が明確に決まっていたから、階級を超えた出世は困難を極めていた。庶民でも努力次第では出世できるという話は、大きな希望となっただろう。

今でも「いい会社に入って出世したい」みたいな価値観が根強いが、それは明治時代から続いているものなのかもしれない。

明治時代から・・・?

140年も・・・?

と思ってしまう。一度根付いた価値観が変化していくのはものすごく時間がかかるんだろう。
それこそ、明治維新のような革命が起きない限りは。

要約を続ける。

最高の立身出世進路は高等学校(旧姓)→帝国大学→高級官史になった。
官尊民卑の時代であり、高級官僚は現在とは比べ物にならない栄達だった。

立身出世の目標は学歴となる。1886(明治19)年に高級官史を要請する目的で全国に7つの高等中学が設立された。
ただ、高等学校を受験できたのは、同年代の1%にも満たず、ごく一部の恵まれた青年だった。

今でも親の世代や地方では「官僚になったらすごい」とか、「公務員の男の子を紹介して!」みたいな風潮がある。
職業は多様化し、お金の面でも人材の市場価値の面でも、試験の難易度でも、"今では"、別に官僚が偉いとかめちゃくちゃすごいわけではない(努力家だとは思うし、残業量はすごいと思う)

でもやっぱり、昔から根付いた「イメージ」では、官僚はすごいものだし、「官僚になる」というのは親世代からすると「人が羨む」進路なのである。
そして、その価値観は世代を問わず、東京から離れれば離れるほど強くなるものだと実感している。

地方の青年が立身出世のコースに乗るための高等学校入学前には、予備校に通うのが通例であった。当時、予備校や教員の質など、「受験産業」が整っているのは東京だけだった。
地方の青年が暮らしながら学ぶことは「遊学」といわれ、現在の海外留学よりもはるかに経済的負担が大きかった。
向学のため、働きながら高等学校入学を目指す苦学生が増えていったが、超難関の高等学校受験を働きながら突破するのは至難のことだった。
また、都会の生活の誘惑に流されて、「堕落」していく苦学生も多かった。

1897(明治30)年に苦学生を援助する「日本力行会」という組織が設立されたが、同会の会長は多くの苦学生を支援してきた経験から、苦学して初志貫徹できるのは100人に1人と言い切っている。

立身出世のために都会に出て、結局100人に1人も成功できない。
結局落ちぶれて堕落していく人がたくさんいる。

これも現代に通じるものだ。

多くの人は青雲の志を叶えるべく東京に出て、必死に努力するものだが、だんだんと志達成の困難さに心が折れ、目の前の誘惑に負けて堕落していく。
初志貫徹できる人など1%もいない。

焚き付けられた立身出世の野心を冷却させる思想として現れたのが「金次郎主義」だった。二宮尊徳(金次郎)は明治20年から修身教科書に登場し始め、「倹約・勤勉・忍耐」が強調される。
この金次郎主義は、立身出世の野心を職務内精勤に封じ込めたもので、人々をささやかな立身出世主義に誘導する文化装置となったようだ。
金次郎主義の影響で、成功や富よりも、「道徳的な成功者」が賛美されるようになった。
これらは立身出世をあきらめた脱落者、敗北者の反抗や意気喪失を防止する装置であった。

立身出世を諦めた敗者達。
そんな敗者の心の救いが金次郎だった。
真面目に勤勉に、倹約して生きていくことこそが正しい。

成功して金持ちにならなくても道徳的に立派な生き方ができればいい、という価値観も深く根付いているように思える。
実際に成功した経営者でも、実態はどうか知らないけど、「勤勉」に「倹約」して、「忍耐」を続けて成功した人は褒め称えられる傾向がある。

一方で瞬く間に成功の階段を登ってきた人は批判にさらされやすい。

「年収150万でも豊かに生きていく」みたいな考え方は、かつての金次郎のように、「現代の敗者の心の拠り所」になっているのかもしれない。

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