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感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

「お前が言うな」は最強だけど、最悪な批判の仕方でもある。

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「私は君の意見には反対だが、それを主張する権利は命をかけて守る」
  フランスの哲学者 ヴォルテール

ちょっと旬を過ぎてしまったけれど、虚構新聞のユニセフを風刺(?)した記事が話題になった。
詳しくは書かなけれど、この虚構新聞の記事は多くの議論を巻き起こし、ちょっとした炎上騒ぎになった。

中でも、hagexさんの
パロディとしてはユーモアがなく風刺としてはキレがない、そして気骨も信念もない虚構新聞
という記事は、とりわけ議論を呼んだ記事であったように思う。

そんな中、虚構新聞の賛否よりも気になったのは、虚構新聞を批判する人に対して

「お前が言うな」

という類のコメントを残す人だ。
「批判するなら、お前ができるんだろうな?」
と言い換えてもいい。

僕は、このコメントは言い返すことのできない悪魔の批判であるように思う。
そして、議論を封じる最も卑怯な批判でもある。

野球の試合を見ていて、
「今日の田中はキレがないな。ストレートが全然ダメだわ」
→「(野球できない)お前が言うな」

たいして面白くない人が松本人志を見て
「最近の松本、クソも面白くないわ~。こいつの時代終わったんちゃうん?」
→「(面白くない)お前が言うな」

イケダハヤトさんの炎上芸を見て
「ページビューとか炎上させて稼いで何の意味があるんだよ。この人アホちゃうん?」
→「(たいしたPV稼いでいない)お前が言うな」

虚構新聞を見て、
「虚構新聞はパロディとしてはユーモアがなく風刺としてはキレがない」
→「お前が言うな」

こんな感じで、「お前が言うな」と言われると、二の句が継げなくなる。
まず弱い者は強い者を批判できなくなるし、議論も発展しない。
専門家じゃない人は専門家を批判できなくなるし、マイノリティの発言は封殺されてしまう。

だから、「お前が言うな」で済ますのはひどく乱暴なやり方だと思う。

冒頭にも引用したが、ヴォルテールはこう言った。

「私は君の意見には反対だが、それを主張する権利は命をかけて守る」

「お前が言うな」というのは、意見を主張する権利を奪う発言だ。
自由な議論を阻害する発言だ。
真っ当な議論を避けて、横から人をぶん殴って逃げるような、愚かで卑怯な行為だ。

相手を否定したいなら、自分も真っ向から向き合う。
真正面から論理をぶつける。

「お前のいう権利」は守った上で、自分の意見をぶつける。

「あなたの言いたいことはわかった。でもこういう理由で、ここは間違っているんじゃないですか?」
と。

そうするとお互いの議論が深まる。
自分の反対意見を糧にした上で、自分の意見をより一層強固にすることもできる。
相手のためにもなる。

せっかくブログという自分の意見をじっくり練って表現できる場があるのに、「お前が言うな」の一言で議論を終わらせてしまうのは、もったいないんじゃないかな。


哲学書簡 (岩波文庫 赤 518-2)

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