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感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

人にはそれぞれの成長のステージがあるという話。

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毎日何かを改善し、何かを学び続ける限り、人は成長する。
人にはそれぞれの成長にあったステージがあり、そのステージは坂道ではなく、階段のように上がっていく。

一つ上のステージに上がると、一つ下のステージに留まっている人とは合わなくなってくる。

昔は同じことで笑い合えてたはずの友達が、大人になると

「なんでこんなに浅い考え方しかできないんだろう」
とか、
「なんでこんなにレベル低いんだろう」

と思ってしまうことがある。

ちょっとした旅行の段取りとかもそうだ。

旅行というのはある意味では小さなプロジェクトのようなもので、
情報を収集して、その情報を処理してまとめ、段取りを組んで時間を割り振っていく。

気ままに旅する一人旅もいいが、誰かと行動する限り計画は不可欠だ。
それは、仕事と同じである。

仲の良い昔からの友達と一緒に旅行の計画を立てている時も、なんでこんなに段取りができないんだろう、とか普通に考えてしまう。
昔は全然気にならなかったのに、
なんでこんなに要領が悪いんだろうとか、
なんでこんなに自分で何もできないんだろうとか、
なんでこんなに会話のレベルが低いんだろうとか、

所々気になってしまう。

そういうとき、ステージが変わってしまったんだな、と考えるようになった。

そして、ステージが変わってしまうと、昔のように無邪気に笑い合えることもなくなってしまうのかもしれない。
いや、もちろん、一緒にいて楽しいんだけど、心の引っ掛かりも何も無かったあの頃みたいな付き合いは、もうできないのかもしれない。

何かを得るということは、何かを捨てることだ、とよく言われる。
自分はそれを、友達や恋人と「遊ぶ」時間を諦めて、その代わりに技術の習得などを含めた、「成長」を得るものだと考えていた。

しかし、「成長」と引き換えに、もしかしたら「友達と一緒に過ごしたステージ」も捨てて上に進んでいっているのかもしれない。
中学時代、一緒に悪さしてたヤンキー達と、いつの間にか会わなくなったみたいに。
高校時代、一緒に恋愛してたちょっと目立つイケメン連中と、いつの間にか会わなくなったみたいに。
大学時代、一緒に合コンしてたチャラい男友達と、いつの間にか会わなくなったみたいに。

今の友達とも、いつか会わなくなるのかな。
それとも、少し歳を取れば器用になって、人と合わせて楽しく笑い合うこともできるようになるんだろうか。

そんな中、スポーツでつながっていた友達とだけはいつでも対等に、そのスポーツを通じて話すことができるので、やっぱり部活やっててよかったなって思った。