感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

映画「陽だまりの彼女」を観て、自分には純粋な心がもう残されていないのだと悟った。

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陽だまりの彼女」という映画がある。
口コミは上々で、「上野樹里が可愛すぎる」とか、「ただの純愛モノではなく、本当に泣ける」とか、非常に評価が高かった。
その口コミを信じて、「この映画なら女性と行ってもスベることはないだろう」と確信し、映画館に赴いた。

この先はややネタバレが入るので、嫌な人はブラウザを閉じてほしい。
でも、ネタバレしたところで特に影響はないな、とも思っている。どうせ展開が読める映画だからだ。

どちらかというとこの映画は、上野樹里の可愛さと松潤のイケメンさに萌える映画であり、内容を楽しむものではない。

この映画を観て、つくづく思ったのは、自分には純愛映画で涙するような純粋な心はなくなってしまったんだなぁということだ。
大学生の頃、「いま、会いにゆきます」という映画を観て号泣した頃のような、あの感受性豊かな心。

社会人になって、完全に失ってしまった。

どういうことか?
矛盾が目についてしまうのだ。無批判にファンタジーを受け入れることができないでいた。

特にこの映画は松潤が「非モテ」という設定の映画なのだが、松潤が非モテってどう考えても無理があるだろう。
嫌味だと言ってもいい。

そして、非モテの男と偶然の再会の末、瞬く間に恋に落ちる。
トントン拍子の幸せそうな描写は、ある意味ではニヤニヤしてしまうが、展開の早さと筋の通らなさがどうしても頭で引っかかってしまう。

こんな偶然に昔の女と再会する確率はどれくらいだろう?
とか、
偶然に再会して、すぐ付き合って結婚とか、こいつは馬鹿じゃないのか?
とか。

何より上野樹里が猫だったとわかったときの、このセリフ。
シリアスな場面でのこのセリフ。


「お前、ブライアン(金魚)食ったろ」

周りの人も、一緒にいった女性も泣いていたのだが、僕は思わずポップコーンを吹き出してしまった。

このシリアスな場面で、上野樹里が今にも消えそうなこの場面で、大真面目な顔で!
金魚を食ったと言うのかwwブライアン(金魚)食われたのかよwwww

と。いや、なんか周りはみんな妙に泣いていたし、映画のあとトイレで高校生が

「いや~やばかった。俺、猫だってわかったときに泣いちゃったよ」
「俺も俺も」

なんて話していたので、本当は泣ける映画だったんだと思う。

そんなみんなが涙する中でも素直に泣けない自分は、やっぱり少年のような純心を無くしてしまったんじゃないだろうかと少し考えてしまう。
「風立ちぬ」ではすごく泣けたんだけど。

とりあえず、普通の女の子は泣けるっぽいので、デートの手段としては使えるかもしれない。
男が一人で見て熱くなりたいなら、スティーブ・ジョブズを観たほうがいい。

陽だまりの彼女 (新潮文庫)

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