感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

アダム・スミスの「見えざる手」。そして市場。

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マンキュー入門経済学を買ってきた。
1章を読んだので、内容のまとめ。

経済(economy)の由来

経済(economy)という言葉は「家計を管理する者」という意味のギリシャ語に由来している。

希少性とは、社会にあるものは限られていて、人々が手に入れたいと思う財・サービスはすべて生産することはできない。
つまり、社会の資源には限りがあるという性質のことを希少性という。

経済学は、社会がその希少な資源をいかに管理するかを研究する学問である。
なるほど。

経済学の十大原理

これはとても面白かったのだが、入門マンキュー経済学の第一章。
経済学の十大原理。

面白かったところだけ抜粋する。

意思決定

まずは、人々はどのように意思決定するかという点について。

  • 人々は、トレードオフに直面している。
  • あるものの費用は、それを得るために放棄したものの価値である。

トレードオフというのは、「あちらを立てればこちらが立たず」というやつだ。
マンキューでは、「無料の昼食(フリーランチ)といったものはどこにもない」という言葉を例に出している。
ここで言いたいことは、自分の好きな何かを得るためには、たいてい別の何かを手放さければならない。

一日24時間のうち、幾時間かを労働に費やす。
それはお金を得るためである。もし労働を行わなければ好きな本を読む時間や、旅行に行けたかもしれない。

お金を得るために、自分の時間を失っている。
これは「あるものを得るために何かを失っている」という例だ。

仕事が終わってからの時間が4時間あるとして、4時間全部プログラミングの勉強に使ったら、経済の勉強や英語の勉強が出来ない。
トレードオフの例である。

「大砲かバターか」という例もある。
「国防予算(大砲)を増やせば、国内の生活水準を高めるために個人的な消費(バター)に使える金は少なくなってしまう」
というものだ。
これはトレードオフの例。

アダム・スミスの「見えざる手」

「見えざる手」というのは、中学の頃から教科書に載っていた用語だ。
アダム・スミスの『国富論』に書かれていた記述である。

見えざる手の言わんとしていることは非常にシンプルだ。

「個人は、政府に自分たちの行動をいちいち指示されること無く、個々の工夫に任せられるのが、通常は最良である」

この考え方は、人気ブロガーのちきりんさんが信じる「市場」経済や、自由社会の知的な基礎となっている。
端的にいうと、政府は余計なことすんな、最低限のルールだけ決めて、後はほっとけ、というものだ。

さらにアダム・スミスの主張は面白い。

「人々の利他心に期待するな。利己的に行動すればいい」
というのである。

利他心というのは、誰かのために何かをする行為だ。
募金したり、困っている人を何の気なく助けたり。そういうこと。

アダム・スミスは、そんなの気にしなくていいよ。利己的に行動すればいい、と言っている。
これは実に人間の本質を突いている。

自分の利益だけ考えて、好きなように行動すればいい。公共の利益を促進しようなんて考えなくていい。
利己的に行動していれば、「見えざる手」に導かれて、自分の意図していない目的を促進する。

利己心に従って行動していていれば、結果として効果的に公共利益を促進できることも多いのである。

と。

好きなように金儲けしたらいい。
下世話な心を持っていてもいい。

それがまわり回って、実は他人のためにもなっているということである。

経済の参加者は利己心に動機づけられているが、市場の「見えざる手」がそうした利己心を全般的な経済的福祉を促進する方向に導いている。

アダム・スミスはそう主張している。

市場の失敗

一方で、「市場の失敗」というものには政府が介入することが合理的だ。
市場のちからだけでは合理的な資源配分を実現できない状況を、市場の失敗と呼ぶ。
例えば、環境問題。

川の上流の工場が産業廃棄物を垂れ流している場合、川の下流の工場は大きな打撃を被る。
このような場合は、政府が介入して、上流の会社に罰金を課すなどする。

また、「独占」についても政府が介入することが合理的だ。
世界で車を生産できるのがトヨタ自動車だけだったならば、車の価格はトヨタが自由に決められてしまう。
結果として、見えざる手によって、生産者の利己心を制限することができない。
こういうのを禁止するためにできたのが独占禁止法である。

  • 交易(取引)はすべての人々をより豊かにする

これも経済の大原則だ。
交易はすべての人々を豊かにする。
本にはこう書かれている。

国と国の競争を考える時には、誤った考え方に陥りやすい。日本とアメリカ都の間の貿易では、スポーツ競技のように一方が勝者になり、もう一方が敗者になるわけでない。むしろ反対である。2国間の貿易は、両方の国をより豊かにすることができる。
交易は、人々が農耕、裁縫、住宅建築といった各自の得意分野の専門家になることを可能にするのである。

たとえば、家事が嫌いな主婦がいて、その人は実はインターネットショッピングが得意だったとする。
そういうときに、安く働いてくれる家事が得意なフィリピン人家政婦がいたら、その人を雇って、その余った時間で主婦はインターネットショッピングでお金を稼げばいい。
フィリピン家政婦もお金がもらえて幸せだし、主婦も自分の好きなことでお金を稼げて幸せ。
それが交易の効果である。自分の得意なことに特化できる。

じゃあ、得意なことが無い人はどうなるんだろう?
と考えると、安く買い叩かれてしまうよね。

「21世紀は国境が無くなる時代」とサラリーマン金太郎が言っていたけれど、本当にその方向に世界は進んできていて。
そういう時代に求められるのは突出した専門性なんだと思っている。

勉強した本

マンキュー入門経済学

マンキュー入門経済学