感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

調子に乗れない環境にいるということ。

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この記事は将来の自分のために、残しておきたい。

僕は現在、出向先にいる。
正確にいうとちょっと違うのだけれど、まぁ本社から離れた別の組織で仕事をしている。

本社はネットでは嘲りの対象となりがちな、典型的なSIerだ。
最近初めて、Excelで変数などを設定して、Javaのコードを「自動生成」しようとしている人達を見た。

その謎のExcelが何をやっているのかよくわからないし、あまり関わりたくもないけれど、Excelに変数を設定してコードを生成するくらいなら、自分でJavaDocをちゃんと書きながらコードを書いていった方がいいと思う。
まぁ、そんなことは、どうでもいい。

いま、周りにいるのはバリバリのプログラマー達だ。
自分が前に進んでも進んでも、なかなか追いつける気がしない。
周りの技術力の高さにいつもヘコみながら、それでもいつか先輩の鼻を明かしてやろうと頑張っている。

一方で、本社の人(本部ともいう)と仕事をすることもあるんだけど、そういうときは自分がすごく技術力が高くなったかのような錯覚に陥る。
この人達は7年も8年もSEをやっていて、なんでこんな簡単なこともわからないんだろう、と疑問に思う。
そして、なんでこんな簡単なことも自分でやらないんだろう、とも。
何か、「技術に対して背を向ける」「手を動かすのは自分じゃない」ということに対して、信念めいたものすら感じてしまう。

これはよく言われる典型的なSIerの社員の例だろう。
マネジメントと言う名の「○○さんお願いします」だ。

こういうHello Worldもできない人達と仕事をすると、必然的に自分が教える(あるいは、聞かれる)立場になってしまい、それはそれで全然嫌じゃないんだけれど、

「俺、けっこう技術知識ついてきたんじゃね?」

と思うようになってしまう。

これは良くないことだと思う。周りと比較して、優越感に浸っているのかもしれない。手を動かさない人達と比べても何の意味も無いのに、この人達よりずいぶんマシだと勘違いしてしまう。

最近、そんな傾向にあった。
俺、けっこうイケるんじゃね?と。

でも今日、自分のはるか先にいるはずの先輩が、必死こいてコードを書いてるのを見た。
最近仕事で絡んでなかったけれど、久しぶりに少しだけ話した。
いちいちナメられて腹が立つけれど、やっぱり立派な先輩で、腹立たしいけれど尊敬しているし、見返してやりたいと思っている。
そんな人と話しているうちに、調子に乗ってる自分はいつの間にか消えて、また決意新たにもっともっと頑張ろうと思えるようになった。

自分が敵わない人が近くにいること。
それだけで、心持ちが大きく変わってくる。
心持ちが変わると、行動が引き締まる。
慢心が無くなって、真摯に努力することができる。

そういう環境にいられることってすごく貴重だと思う。
でもいつか、この環境から離れなくてはならなくなる。
いつまでも出向しているわけではないから。

そのときに、今日の悔しい気持ちを思い出せるようにしておきたい。

僕はこの先、自分がどんな立場になろうと、マネージャーになろうと管理職になろうと、はたまた経理部に行くことになろうと、ずっとプログラミングの勉強を続ける。
ずっと手を動かして、勉強しながら何かを作り続ける。自分に才能があろうと無かろうと。それが評価されようとされなかろうと。周りが皆丸投げしていても、技術で組織に貢献したい。

この先本社に戻ったら、もしかしたら頼られる立場になるかもしれない。
努力を続けることで、そういう機会はもっともっと増えるかもしれない。

そうなったときに、ふと自分が「できるんじゃね?」と勘違いしたときは、この記事を見直したい。
そして、世の中広いぞ、お前なんてまだまだだぞ、あの先輩はきっと、もっと先に行っちまってるぞ、と何度も言い聞かせて、慢心すること無く努力していきたい。

「一番下手くそでいよう。自分が一番下手な環境に身を置くようにしていたら、いつの間にか一番下手ではなくなっているから」
情熱プログラマーより。

情熱プログラマー ソフトウェア開発者の幸せな生き方

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