感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

ウォッシュレットに救われた人生。

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私が生まれてから今に至るまで、最も私に恩恵をもたらした発明は温水洗浄便座であった。
温水洗浄便座。またの名をウォッシュレットという。

私が小学生の頃は、どこの家にもウォッシュレットなどなかった。
中学生くらいの頃に、チラホラとウォッシュレットが現れ始める。その便利さに感動を覚えたものだ。

それから用を足すときは、わざわざコンビニのトイレまでウォッシュレットを使いに行ったり、とにもかくにもウォッシュレット無しには生きていけない身体になってしまった。

そんなウォッシュレットだが、世帯普及率は2012年で73.5%に達した。
街の公衆トイレにすらウォッシュレットが設置されていることもあるという。

TOTOがウォッシュレットの自社販売を決意したのは1978年。なんと今から30年以上前の話になる。ミニ四駆が生まれる前の時代だろう。美空ひばり世代か?
生まれていないのでよくわからない。
設計部長は本村久。開発チームのリーダーに指名された池永隆夫は当時28歳の若手技術者だった。

初期にはトラブルが相次ぎ、本村は「過去最高に損を出した男」と呼ばれた。
しかし、彼の失敗を乗り越えた製品が、時を経て多くの私のような熱烈なウォッシュレットファンを救っている。
ウォッシュレットがなければ、トイレに行くのはいつも憂鬱だったに違いない。
ウォッシュレットがなければ、トイレの体験は不愉快なものに終わり、今のように快適なトイレ体験はできなかった。
ウォッシュレットは世界を救っているのだ。

「おしりだって、洗ってほしい」

キャッチーなフレーズは評判を呼び、ウォッシュレットは社会現象になった。
池永は当時を振り返り、こう語る。

「人、物、金すべてが足りなかったが、開発に専念できる環境は与えられた。苦情をなんとかしなければという使命感と"不足"がエネルギー源だった」

ウォッシュレットは現在、山のてっぺんから地の果てまで行き渡った。
山のてっぺんから地の果てまで、多くの人を救った。

ウォッシュレットの開発から学べることは多い。
まず、失敗を受け入れる度量の大きさだ。

もし、ちょっとした失敗も許されず、ミスがあったら執拗に詰められる環境では、新しい挑戦など誰もできないだろう。
これは日本の大企業に蔓延している現象でもある。現場のちょっとした改良にとどまり、新しい物を作れない。

TOTOの製品作りに対する姿勢。
ユーザーを満足させるための挑戦。
ここは大いに学ぶべき点だ。

もう一つは、社員の使命感。
人も物も金も不足している状態で、使命感を持って乗り切った。
使命感。たった3文字だが、この使命感を仕事に感じることができるかどうか、というのは実はけっこう難しい問題だと思う。

使命感を感じる前提には「俺がなんとかしなければいけない」「俺じゃないとダメなんだ」という代替不可能性が求められると思うからだ。

完全なる当事者意識を持たずに、使命感を感じることはできないだろう。

標準化が進み、社員の誰でも同じようなアウトプットが出せることを目指す。
その試み自体は正しいものだし、まぁそんなみんなが同じアウトプットを出すなんて幻想に過ぎないのだけれど、当事者意識がない社員がたくさんいるのも事実だ。

「まぁ、誰かがやってくれるっしょ」

のように、自分がやらなきゃダメになる、という意識が希薄な人がけっこういるように見える。

逆にベンチャー企業になると、大きな使命感を持って語る人が多い。
彼らは自分がやらなきゃいけないことを知っているからだ。
彼らの組織では、自分じゃなきゃダメだからだ。

会社としてはどちらがいいかはわからないけれど、自分としては何の仕事であれ使命感を持って、自分なりの付加価値を付けてアウトプットを出せるように、仕事に取り組みたいと思う。


調べてみたらこんな記事があった。

NHK『プロジェクトX〜挑戦者たち』より
「革命トイレ 市場を制す」
http://web.ydu.edu.tw/~uchiyama/av/toto.html

読み応えのある素敵な記事だった。