感謝のプログラミング 10000時間

たどり着いた結果(さき)は、感謝でした。

オッサンから学ぶ、悩ましい新人との接し方

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新人というものは時折、

「なんでこんなこともわからないの!?」

と思うような反応をする。

「わかりました!やっておきます!」

と元気な返事をするものの、成果物は明後日の方向に向かっていることも少なくない。

ツイッターでは
「今日も新人がやらかした。明日も新人がやらかすだろう」
などと新人ネタが活発だ。

新人は時に意味不明な方向に突っ走り、時に元気よく、時に大きなミスを犯す。

そんな新人を微笑ましく思う一方で、やたらと新人を見下すオッサンもいる。

「こんなこともできないのか」
「お前は勉強不足だ」

などと、ちょっとしたミスを執拗に攻め立てるが、そういう風に新人を見下すオッサンも実はたいした勉強などしてはいない。
勉強すればするほど、自分の知らないことが多いことに愕然として、とてもじゃないけれど新人を見下す気にはなれないはずだ。

新人を勉強不足だと見下すオッサンは、実は先人から見るともっともっと勉強不足なのかもしれない。

以前、こんなシーンを見かけた。
ExcelのIF関数を知らない新人に対して、

「こんなこともわかっていないお前は勉強不足だ。全然ダメだ」

と偉そうに人格否定しまくっていたオジサンだ。
お前はJavaでswitch文も書いたこともないくせに何を偉そうにしているんだwwという批判はさておき。

基本的に、新人に小手先のテクニックで見下すオッサンはブーメランを投げている。
新人を見下すオッサン(40歳くらい)だって、そのくらいの世代の偉大な技術者に比べたら途方も無く勉強不足なのだ。

そもそも

「何かを知っているかいないか」

で上から人を見下すのは間違っている。
そうなると世の中のすべての人間はGoogleの下僕だ。
Google以上の物知りはいないからだ。
皆、知らないことばかりだ。だからこそ、知らないことを補完しあうために、皆チームを組んで仕事をしているのだ。

オッサンは「知らない新人」を馬鹿にするのではなく、導くべきなのだ。オッサンも絶対に悩んできたはずだ。
そのとき躓いた道をどう乗り換えたかを、わかりやすく伝えるべきなのだ。

技術がわからず困っている新人に

「俺も悩んでいたが、パーフェクトJavaを読んだらオブジェクト指向が一気にわかるようになったよ。今度貸してやるよ」

とアドバイスをしてあげる。
自分がどう悩んできたかを伝え、解決の道標になる。
決して見下してはならない。

新人は温かい目で見守らなければならない。
自分の子どもを育てるように、気を長く持って導かねばならない。

「食べ物がなくて困っている人がいる。そのような人にあなたはどうしてあげますか?」

1.魚を釣ってあげる。
2.魚の釣り方を教えてあげる。
3.魚が釣れるようになるにはどうしたらいいか考えさせる。

師のあり方としてよくあるこの質問の模範解答は、
「答えを教えるのではなく、答えを導く方法を考える力をつけさせる」
というものだ。

しかし、新人に対してはなぜか、

4.魚を釣れない奴を「お前はダメだ。勉強不足だから悪いんだ」と罵る。

という答えを選びがちだ。これはよくない。
たいていの新人に不足しているものは勉強ではなく経験であり、やる気ではなくエンジニアとして過ごした時間である。

学ぶ側も萎縮してはいけない。

「ガソリンスタンドで働いていたら、ものすごい金持ちが給油に来ました。将来有望な若者はどうしたでしょうか?」

1.超高価な車にビビる。
2.一生懸命磨いて取り入る。
3.金持ちになる方法を聞く
4.金持ちの振る舞いから学び取る

このような質問に対して、若者が取るべき行動は3や4が望ましいと言われる。
皆、それがわかっているにも関わらず、高圧的なオッサンに詰められ続けた若者は、1や2を選びがちになってしまう。

これも良くない。

新人を見下す反応をしてしまうのは、たいていは期待しすぎている場合だ。

自分の仕事を頼んだ場合、「自分ならこれくらいできるのに」という成果を期待する。
そうすると、期待とのギャップに失望し、いらだちを覚えてしまう。
期待が高すぎるのだ。

コンサルタントとか伊賀泰代さんとか「成果だ。即戦力だ。成果こそが唯一の尺度だ」と言う人にとっては、
何を甘いことを言っているんだ。ヌルすぎる環境じゃねぇか、と言われるかもしれない。

でもあえてこんなことを書いたのはやっぱり、意味不明な方向に進みがちな新人を見て、オッサンのような批判が喉まで出かかった自分への戒めなのかもしれない。

そして、もう新人ではない自分が、「期待以上の成果」を出せるように常に心がけるのは当然のことでもある。
あしからず。